労働法の学習・勉強に

第18話 労働災害補償

 

今回は「労働災害補償」についてのお話です。

 

一般に「労災」と呼ばれていますね。

 

労災のイメージはどんなものでしょうか?

 

働いているときに、けがをした、事故に巻き込まれて亡くなった、長年の勤務がもとで病気になった…。

 

そんなときは「労災」だ、というくらいはご存知なのではないでしょうか。

 

実際、そんなイメージで正解です。

 

労災、正確には「労働災害補償」は、
私たちが働くうえで起こり得るリスクをカバーする仕組みとして、
欠かすことのできないものです。

 

今回、労働災害補償とタイトルをつけてしまいましたが、
これだと非常に大きな範囲を取り扱わなければなりません。

 

労働法の考え方を理解してもらうのがこのサイトの目的ですので、
制度の細かい説明などは、大胆に省略させていただきます。

 

それでは始めましょう。

 

目次
1.労災補償、労災保険とは何か
2.労災保険の対象
3.労災補償と民事損害賠償の関係

 

1.労災補償、労災保険とは何か

 

労働災害補償(以下、労災補償)とは、
基本的には、仕事をしているときに発生した労働者のけがや病気等に対して、
100%使用者の責任でなされる損害への補償をいいます。

 

「100%使用者の責任」という部分がポイントです。

 

どういうことか。

 

これまで何度も述べていますが、
近代市民法(民法)はどこまでも対等な「個人」を想定しています。

 

たとえば、個人Aと個人Bが契約を結び、BがAのもとで働いていたとしましょう。

 

あるとき、Aの所有する機械が暴走し、Bは両腕切断の大怪我を負いました。

 

こうなるとBはAに対して、「こんなけがを負ってしまったのは、お前が機械をしっかり整備していなかったからだ」と主張して、損害賠償を請求したいはずです。

 

しかし、Aにうっかりミスがあった(これを「過失」といいます)と主張するには、
Bがその証明をしなければならないのです。

 

これも対等な個人を念頭においているからであり、「過失責任の原則」と呼びます。

 

この原則通りに考えると、Bは自ら裁判を起こしてAと争い、損害賠償を勝ち取らなければならないのです。

 

そこでこうした労働者の負担が考慮され、
労働に内在する危険は使用者が引き受けるべきだという考え方の下、
過失の有無に関わらず使用者が一定額の補償を行うことになっているのです。

 

労働法による民法の修正ですね。

 

労基法の8章にも「労災補償」に関する一連の規定が設けられているので、確認してみてください。

 

ひとまず、労災補償は責任ある無しにかかわらず使用者が行うものだ、ということを頭に入れておきましょう。

 

 

 

こうなると、労災補償しなければならないときがいつ、どのタイミングでくるのか誰にもわかりませんので、使用者は不安になってしまいますよね。

 

また、労働者だって、いざというときに使用者がお金を持っていなければ、
補償も何もありませんので困ることになります。

 

そこで編み出された技術が、労働災害補償保険(以下、「労災保険」)です。

 

先ほど説明した理由から、労災保険の費用は使用者が負担しています。(国庫補助はあります。)

 

労災保険は、労災補償の実効性を確保するため、また、使用者にとっての補償リスクを分散するために作られた保険ですから、労働者(またはその遺族)に保険給付をすることが主な役割です。

 

しかし現在では、「労災補償の肩代わり」という本来の目的とは別に、
後述する「通勤災害に対する給付」や被災労働者の社会復帰支援、労働災害防止対策など、保険事業を拡大させています。

 

こうした現象が良いのか悪いのかでは片づけられるものではないですが、よく「労災保険のひとり歩き」と表現されることがあります。

 

ひとまず、労災保険がなぜ必要となったのか。
それは、もともとは労災補償をするためだ、ということはしっかり押さえておきましょう。

 

それでは、現在の労災保険が何を目的にしているのか、確認しましょう。

 

「労働災害補償保険法」の1条に目的が書かれています。(このサイトでは、労基法、労契法、労組法に次いで四つ目の法律の登場ですね。)

 

労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。(労働災害補償保険法1条)

 

いろいろ書いてありますが、基本は「業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行」うことが目的です。

 

では、具体的にどのようなケースが労災保険の対象となるのでしょうか?

 

2.労災保険の対象

 

労災保険が主に保険給付の対象とするのは、
労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下、「業務災害」)と、
労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」)です。(労働災害補償保険法7条1号、2号)

 

まず、「業務災害」からみてみましょう。

 

業務災害が具体的にどのような災害を指すのか、
そこまでは条文に書かれていません。

 

そこで業務災害と認定するには、従来から「業務遂行性」(使用者の下で働いていたといえるか)と、「業務起因性」(働いていたことが災害の原因だったといえるか)を満たすことが必要だとされてきました。

 

例として、出張中に脳卒中で倒れて亡くなってしまったケースを考えてみましょう。

 

「業務遂行性」は、労働契約に基づいて使用者の命令に従う立場にあれば認められる、とされています。

 

ですので、出張中であれば「業務遂行性」の要件を基本的にクリアするでしょう。

 

問題は、「業務起因性」です。

 

出張先での勤務は会社内での勤務よりも、より自由度が高いことが想像されます。

 

どこまでなら「業務」に「起因」するといえるのでしょうか?

 

こればかりは、裁判所の判断を見てみるしかないのですが、
宿泊先で飲酒を伴う夕食後、就寝前に階段から転落したことがもとで亡くなったケースにつき、「業務起因性」が認められています(大分労基署長(大分放送)事件・福岡高裁平成5年4月28日)。

 

このケースを見る限り、「業務起因性」は言葉の持つ印象よりも広めに考えられていることがわかるでしょう。

 

ただし、このケースで業務起因性が認められたのは、
ここでの飲酒は決して度を過ぎたものでなかったからです。

 

酔っぱらって、どこかに行ってしまったと思ったら、溺れて死んでしまっていた、
といったケースは「業務とまったく関連のない私的行為」とみなされ、
業務起因性が否定されることとなります(立川労基署長(東芝エンジニアリング)事件・東京地判平成11年8月9日)。

 

このように少しわかりにくいケースもありますが、
事故が絡んだ業務災害は、「業務遂行性」と「業務起因性」の有無を検討して判断しています。

 

ここからより詳しい説明は、
http://www.rousai-ric.or.jp/(公益財団法人労災保険情報センターのホームページ)
をご覧ください。

 

 

 

次に説明しておかなければならないのは、事故が絡んでいない業務災害です。

 

どういったものがあるか。

 

ひとつは、長年粉塵を吸い込んで肺の病気になってしまった、長年一定の姿勢をとってきたためにヘルニアを患ってしまった、などのいわゆる「職業病」がこれにあたります。

 

それから、著しい長時間労働による疲労の蓄積などによって、脳や心臓に悪影響を及ぼし、疾病や死亡を招くことがあります。いわゆる「過労死」と呼ばれるものも、業務災害にあたることがあるのです。

 

さらには、近年増加した業務に起因する「精神障害(精神疾患)」です。いわゆる「過労自殺」もこれに含まれます。

 

これらの業務災害は、目に見える事故が介在しないために、
使用者の支配下にいたかどうか(「業務遂行性」)は問題になりません。

 

そこで、「業務起因性」の判断のみになるわけですが、
業務と疾病との間に相当因果関係(一般人が疑いをはさまない程度に関係があると認められる関係のこと)があるか判断するのは容易ではありません。

 

ですので、せめてどのような疾病が「業務災害」にあたりうるのかだけは、
あらかじめ明示されています。

 

それが下の表です。

 

労働基準法施行規則35条別表第1の2
一 業務上の負傷に起因する疾病
二 物理的因子による次に掲げる疾病
 1 紫外線にさらされる業務による前眼部疾患又は皮膚疾患
 2 赤外線にさらされる業務による網膜火傷、白内障等の眼疾患又は皮膚疾患
 3 レーザー光線にさらされる業務による網膜火傷等の眼疾患又は皮膚疾患
 4 マイクロ波にさらされる業務による白内障等の眼疾患
 5 電離放射線にさらされる業務による急性放射線症、皮膚潰瘍等の放射線皮膚障害、白内障等の放射線眼疾患、放射線肺炎、再生不良性貧血等の造血器障害、骨壊死その他の放射線障害
 6 高圧室内作業又は潜水作業に係る業務による潜函病又は潜水病
 7 気圧の低い場所における業務による高山病又は航空減圧症
 8 暑熱な場所における業務による熱中症
 9 高熱物体を取り扱う業務による熱傷
 10 寒冷な場所における業務又は低温物体を取り扱う業務による凍傷
 11 著しい騒音を発する場所における業務による難聴等の耳の疾患
 12 超音波にさらされる業務による手指等の組織壊死
 13 1から12までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他物理的因子にさらされる業務に起因することの明らかな疾病

三 身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する次に掲げる疾病
 1 重激な業務による筋肉、腱、骨若しくは関節の疾患又は内臓脱
 2 重量物を取り扱う業務、腰部に過度の負担を与える不自然な作業姿勢により行う業務その他腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛
 3 さく岩機、鋲打ち機、チェーンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害
 4 電子計算機への入力を反復して行う業務その他上肢に過度の負担のかかる業務による後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕又は手指の運動器障害
 5 1から4までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他身体に過度の負担のかかる作業態様の業務に起因することの明らかな疾病
四 化学物質等による次に掲げる疾病
 1 厚生労働大臣の指定する単体たる化学物質及び化合物(合金を含む。)にさらされる業務による疾病であつて、厚生労働大臣が定めるもの
 2 弗素樹脂、塩化ビニル樹脂、アクリル樹脂等の合成樹脂の熱分解生成物にさらされる業務による眼粘膜の炎症又は気道粘膜の炎症等の呼吸器疾患
 3 すす、鉱物油、うるし、テレビン油、タール、セメント、アミン系の樹脂硬化剤等にさらされる業務による皮膚疾患
 4 蛋白分解酵素にさらされる業務による皮膚炎、結膜炎又は鼻炎、気管支喘息等の呼吸器疾患
 5 木材の粉じん、獣毛のじんあい等を飛散する場所における業務又は抗生物質等にさらされる業務によるアレルギー性の鼻炎、気管支喘息等の呼吸器疾患
 6 落綿等の粉じんを飛散する場所における業務による呼吸器疾患
 7 石綿にさらされる業務による良性石綿胸水又はびまん性胸膜肥厚
 8 空気中の酸素濃度の低い場所における業務による酸素欠乏症
 9 1から8までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他化学物質等にさらされる業務に起因することの明らかな疾病

五 粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症又はじん肺法(昭和三十五年法律第三十号)に規定するじん肺と合併したじん肺法施行規則(昭和三十五年労働省令第六号)第一条各号に掲げる疾病
六 細菌、ウイルス等の病原体による次に掲げる疾病
 1 患者の診療若しくは看護の業務、介護の業務又は研究その他の目的で病原体を取り扱う業務による伝染性疾患
 2 動物若しくはその死体、獣毛、革その他動物性の物又はぼろ等の古物を取り扱う業務によるブルセラ症、炭疽病等の伝染性疾患
 3 湿潤地における業務によるワイル病等のレプトスピラ症
 4 屋外における業務による恙虫病
 5 1から4までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他細菌、ウイルス等の病原体にさらされる業務に起因することの明らかな疾病
七 がん原性物質若しくはがん原性因子又はがん原性工程における業務による次に掲げる疾病
 1 ベンジジンにさらされる業務による尿路系腫瘍
 2 ベーターナフチルアミンにさらされる業務による尿路系腫瘍
 3 四―アミノジフェニルにさらされる業務による尿路系腫瘍
 4 四―ニトロジフェニルにさらされる業務による尿路系腫瘍
 5 ビス(クロロメチル)エーテルにさらされる業務による肺がん
 6 ベリリウムにさらされる業務による肺がん
 7 ベンゾトリクロライドにさらされる業務による肺がん
 8 石綿にさらされる業務による肺がん又は中皮腫

 9 ベンゼンにさらされる業務による白血病
 10 塩化ビニルにさらされる業務による肝血管肉腫又は肝細胞がん
 11 一・二―ジクロロプロパンにさらされる業務による胆管がん
 12 ジクロロメタンにさらされる業務による胆管がん
 13 電離放射線にさらされる業務による白血病、肺がん、皮膚がん、骨肉腫、甲状腺がん、多発性骨髄腫又は非ホジキンリンパ腫
 14 オーラミンを製造する工程における業務による尿路系腫瘍
 15 マゼンタを製造する工程における業務による尿路系腫瘍
 16 コークス又は発生炉ガスを製造する工程における業務による肺がん
 17 クロム酸塩又は重クロム酸塩を製造する工程における業務による肺がん又は上気道のがん
 18 ニッケルの製錬又は精錬を行う工程における業務による肺がん又は上気道のがん
 19 砒素を含有する鉱石を原料として金属の製錬若しくは精錬を行う工程又は無機砒素化合物を製造する工程における業務による肺がん又は皮膚がん
 20 すす、鉱物油、タール、ピッチ、アスファルト又はパラフィンにさらされる業務による皮膚がん
 21 1から20までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他がん原性物質若しくはがん原性因子にさらされる業務又はがん原性工程における業務に起因することの明らかな疾病
八 長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病
九 人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病
十 前各号に掲げるもののほか、厚生労働大臣の指定する疾病

十一 その他業務に起因することの明らかな疾病

 

表の中で注目してほしいのは、第8号と第9号です。

 

業務に起因する脳・心臓疾患、精神障害がありうることを示したものですが、
この二つの疾病がリストに加えられるには長い年月を要しました。

 

その理由はまた別のところでお話しすることにします。
今はどのような疾病が業務災害の対象になるのか、確認しておいてくださいね。

 

ここまでが、業務災害についてのお話でした。

 

労災保険が業務災害に対する保険給付を中核としていることはすでにお話しましたね。

 

ですが、現在の労災保険は、業務災害にとどまらず通勤災害まで対象を広げています。

 

何が通勤災害にあたるのか、ここでも具体的な説明は省略しますが、
「通勤中や出張中の事故に起因する死傷病であっても労災が下りるんだ」くらいは知っておいても損はないでしょう。

 

3.労災補償と民事損害賠償の関係

 

最後に、法律学らしい話をしましょう。

 

ここからは少し複雑ですが、頑張ってついてきてください。

 

労働災害が発生すると、被災した労働者またはその遺族は、労災保険を運用する者(国)に対して給付請求をすることになります。

 

本来、労災補償を行わなければならないのは使用者ですが、
その肩代わりをしているのが労災保険ですから、
その運用者である国に対して給付請求をするのですね。

 

そしてわが国の労災補償は、発生した損害すべてを填補する(埋め合わせる)ものではありません。

 

発生した損害に対して、まずは迅速・確実に一定の給付がなされることが、
被災した労働者(またはその遺族)の生活の安定を図ることにつながるのです。

 

ですので、労災補償給付(額)が実際に発生した損害(額)に届かない場合があり得ます。

 

そうした場合、今度は使用者に対して通常の民事損害賠償請求をして、残りの損害の回復を図ることが認められています。

 

こうした仕組みをとるかどうかは国によってまちまちですが、
わが国の場合は、国に対する労災保険の給付請求と、使用者に対する損害賠償請求の両方を認める仕組み(並存主義)を採っているのです。

 

ここで気を付けていただきたいのは、労災補償と損害賠償の違いです。

 

労災補償は、業務に起因していれば、使用者に過失がなくても給付されます。

 

他方、損害賠償は、業務に起因していても、使用者に過失がなければ支払われません。

 

つまり、業務が原因で死傷病を負ったことに疑いはなくとも、使用者にはいかんともできなかった場合、労災は下りても損害賠償請求は認められないということが考えられます。

 

「そんなの使用者だけ得だ!」と思われるでしょうか?

 

いいえ、思い出してください。
こういったときのために、使用者は保険料を負担しているのですよ。

 

むしろ、労働者のうっかりミスによって自らけがを負ってしまった場合でも労災になり得るのです。

 

このように、労災補償の仕組みと損害賠償の仕組みの違いをしっかり認識することは、とても重要といえましょう。

 

 

 

今回は、労働災害補償についてお話ししました。

 

これまでのテーマとは一味違ったため、人によっては面白いと感じたり、わかりにくいと感じたりするかもしれません。

 

労働災害補償は労働法のテーマとして扱われていますが、
同時に社会保険としての側面を持っているため、
社会保障法という学問領域にも属しています。

 

労災保険を通じて、共通のリスクに備えて一つの仕組みを作り上げることの意味、またその仕組みそのものが本来の目的以上の役割を担うようになることの意味を考えるきっかけにできたのではないでしょうか?

 

労働法の考え方と、社会保険(社会保障法)の考え方が組み合わさった労働災害補償に対して、少しでも理解の手助けになっていれば幸いです。