労働法の学習・勉強に

第14話 労働契約の展開A―懲戒

 

労働契約関係が継続中に起こる事態への対応、ということで、
前回は人事(配転)をざっと見てきました。

 

今回は、「懲戒」について取り上げたいと思います。

 

懲戒とは、業務命令や服務規律に違反した労働者に対する使用者の制裁をいいます。

 

多くの企業では、訓告、戒告、減給、出勤停止、論旨解雇、懲戒解雇等といった形で制度化されています。

 

このように、使用者の懲戒権は当然のように受け入れられていますが、
そもそも使用者が懲戒権を持つ根拠を考えたことはありますか?

 

労働契約は私人間の契約です。

 

理論上は対等当事者ですから、一方だけ懲戒などという制裁措置ができるのはおかしい、と考えることも可能ではあります。

 

ただし企業の存立・運営において、
ある種の必要悪として役割を果たしてきたものですし、
社会的にも不可欠なものとして受け入れられています。

 

そこで使用者の懲戒権の行使が、どこまで許容され、どこからが許されないのか、
労働者と使用者の利益のバランスを図ることが重要です。

 

 

 

法律として懲戒権がどのように根拠付けられているのか、一応確認しておきましょう。

 

突き詰めると哲学的な問題になってしまいますが、
学説としては、使用者が経営をするうえで当然認められるとする固有権説と、
労働契約で合意した範囲において認められるとする契約説があります。

 

私の見方では、固有権説では何の説明にもなっていませんから(笑)、
契約説のほうがしっくりきますね。

 

裁判所もかつては固有権説に立っていると言われてきましたが、
現在では、「使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるもの」と述べる裁判例(ネスレ日本事件・最二小判平成18年10月6日)も登場しています。

 

とにかく、それよりも大事なのは、
どういった懲戒権の行使なら認められ、または認められないのかということです。

 

これについては、多くの裁判例の積み重ねによって、
ある種の公式のようなものができています。

 

現在では明文化されて、労働契約法の条文のひとつになっています。

 

それがこちらです。

 

使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。(労働契約法15条)

 

この条文を覚えれば懲戒権の行使の可否が判断できるようになる、と思ってはいけません。
私でも無理です。

 

条文をよく読んでください。

 

「客観的に合理的な理由」とか、「社会通念上相当」といった抽象的な言葉しか並んでいないのです。

 

このサイトでは何度も述べていますが、
懲戒権という権利があることを知っているだけでは、
懲戒権を理解していることにはなりません。

 

実際に懲戒権の行使が問題となった裁判例を読み、
具体的な事件のどういった場面で、その行使が認められ、認められなかったのか、
100とは言いませんがいくつか知っていて初めて、
具体的な懲戒権をイメージすることができるのです。

 

いいですか?

 

私がよく事実を含めて裁判例を紹介するのは、
権利が実態にどのように反映されるのか理解してもらうためです。

 

わが国の一般的な理解である「権利は言葉だけのもの」というのは、
必ずしも正しくないことを証明したいのです。

 

権利という概念の理解に欠ける日本人を一人でも減らすために、
あなたにも協力をお願いしたいのです。

 

話が逸れました。

 

では、ここからは懲戒権の行使が問題となった事例をいくつか紹介します。

 

@経歴詐称

 

経歴詐称とは、労働者が使用者に対して学歴・職歴・犯罪歴などの経歴を、秘匿したり、偽ったりすることです。

 

労働契約は、労務の提供と賃金の支払いを中核とする契約ですが、
その目的の達成には双方の信頼が欠かせないと考えられています。

 

したがって、そうした信頼関係を失わせるような経歴詐称は、懲戒の対象となり得るのです。

 

A業務命令違反

 

労働契約上の根拠がある適法な業務命令に対して、正当な理由なく違反する場合は懲戒の対象となることがあります。

 

例として、前回のテーマである配転を参考にしてください。

 

B職務懈怠

 

無断欠勤、出勤不良、勤務成績不良、遅刻過多、職場離脱などによって、職場の秩序を乱すことがあれば、懲戒の対象となり得ます。

 

行為自体は労務不提供に伴う債務不履行になるだけなのですが、
周りに悪影響を与えてしまうことが、懲戒をやむを得ないものとするポイントとなります。

 

C兼業禁止違反

 

就業規則によって「会社の許可なく他人に雇い入れられること」を禁止し、
その違反を懲戒の対象とする企業はたくさんあります。

 

本来就業時間外は労働者の自由な時間ですから、
労働契約で使用者がコントロールできるものではないはずです。

 

しかし、副業の影響が本業に及び、
仕事中に居眠りや能率低下が見られるようになれば、
使用者としても無視できるものではないでしょう。

 

そこで、基本的に兼業は自由だとしながらも、使用者の承諾を条件にする定めは不当ではないとする裁判例(小川建設事件・東京地判昭和57年11月19日)があります。

 

「法律で兼業が禁止されている公務員と異り、私企業の労働者は一般的には兼業は禁止されておらず、その制限禁止は就業規則等の具体的定めによることになるが、労働者は労働契約を通じて一日のうち一定の限られた時間のみ、労務に服するのを原則とし、就業時間外は本来労働者の自由であることからして、就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。しかしながら、労働者がその自由なる時間を精神的肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労働提供のための基礎的条件をなすものであるから、使用者としても労働者の自由な時間の利用について関心を持たざるをえず、また、兼業の内容によっては企業の経営秩序を害し、または企業の対外的信用、体面が傷つけられる場合もありうるので、従業員の兼業の許否について、労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮したうえでの会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいいがた」い。

 

「就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く」とされていることは、知っておくと良いでしょう。

 

D私生活上の非行

 

労働者が職場とは全く関係ないところで起こした非行であっても、
結果として会社の名誉を傷つけたり、職場の秩序を乱したりすることがあります。

 

したがって、そうした非行に対しても、
使用者が懲戒を課すことはあり得ます。

 

問題はどこまでの懲戒が許されるか、です。

 

裁判例(日本鋼管事件・最二小判昭和49年3月15日)の一般論を見てみましょう。

 

「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類、態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。」

 

この判断基準によると、たとえばこういうことが考えられます。

 

超有名企業の部長が痴漢に及ぶと懲戒解雇も相当とされかねませんが、
ある町工場の平社員が同行為に及んでも懲戒解雇は無効とされることも考えられます。

 

もちろんこれだけでは判断材料に欠けますので、
実際はあらゆる事実を総合的にみて判断するわけですが、
簡単に言えば上のような違いを生じうるのです。

 

E秘密保持義務違反

 

「労働契約上の権利義務」の回でもお話ししましたが、
労働者は労働契約の付随的義務として秘密保持義務を負います。

 

秘密保持義務に違反した労働者は、懲戒の対象となり得ます。

 

しかし秘密保持義務があるといっても、どんな事柄に対しても秘密にしていなければならないのではありません。

 

一番問題となるのは、労働者が内部告発をした場合です。

 

内部告発とは一般的に、「労働者が企業内における不正、不法な行為(と当該労働者が考えた行為も含む)を暴露すること」と定義されます。

 

内部告発によって企業の不正を暴くことが、
結果として社会全体の利益となることがあります。

 

したがって、公益に資する秘密の開示であれば、
内部告発が正当化されることがあります。

 

ただし安易に内部告発をすることで、
告発者の誤解であったり、その内容が虚偽であったりしますと、
それは懲戒の対象となりますから注意が必要です。

 

まだまだ詳しく検討できるテーマですので、
内部告発については、また別に章を立てて説明しましょう。

 

 

 

今回は、懲戒について見てきました。

 

そろそろ、「法律を通した判断も常識的な判断とそんなに変わらないな」と思ってもらえているのではないでしょうか。

 

もちろん、時として社会の理解と労働法の考え方が異なることもあります。

 

労働法は、国家の定めた法令(労基法や労働契約法)、紛争解決の積み重ね(裁判例)、社会的な理解(慣習・条理)がミックスされています。

 

社会的な理解も反映されているのですから、社会の理解と労働法の考え方がほとんど一致しているのは、ある意味で当たり前なのです。

 

しかしまた、完全に一致するものであってもいけません。

 

法律は「正義」を反映するものでなければなりません。

 

社会の実態とは切り離され、最も公平で公正な結論を追求し続けた成果が法律なのです。

 

社会の実態と法律とはそうした関係です。

 

私はよく、「労働法は使えない」という文句を聞きます。

 

確かに労働法の考え方が忠実に反映された社会など、ありえません。
(紛争の度に、即日で裁判官が判断してくれるなら別ですが)

 

しかし、法律は道具として「使う」ものであるとともに、
社会の実態から自然に発生するルールからも観念できるものです。

 

多くの人は、自分たちの世界とは違う、どこか別のところに「労働法」が存在していると思っているようです。

 

そうした考え方は、法律が社会に与える効果しか見ていません。

 

そうではなく、法律が社会に影響を与え、社会も法律に影響を与えるという考え方が正しいのです。

 

こうした思考が理解できてきたならば、あなたも法的思考力(リーガルマインド)が身についてきた証拠でしょう。