労働法の学習・勉強に

第13話 労働契約の展開@―人事

 

今回は人事についてお話ししていきます。

 

労働契約関係は基本的に継続的な関係(3か月や1年、期間の定めがない場合もそうですね)です。
そこで、今回と次回では、契約関係の継続中に生じうる出来事への対応がテーマになります。

 

人事とは、昇進・昇格や配転、出向、休職など、企業内における労働者の地位や処遇の変更をいいます。

 

毎度のことながら、すべては取り上げられませんので、
中でも重要な配転についてお話ししましょう。

 

 

 

配転とは、同一企業内における労働者の職務内容や勤務場所の長期間にわたる変更をいいます。

 

「転勤」と呼ばれるのも、多くの場合、配転のことですね。

 

なぜ使用者は労働者を配転するのでしょう?

 

それは、長期雇用という日本型雇用慣行が影響しています。

 

わが国では、多くの職場、仕事を経験させることで人材育成を図るという考え方が一般的です。

 

したがって、幅広い業務に触れさせるために、配転は欠かせないと考えられてきたのです。

 

さらに、雇用を維持するための手段としても活用されてきました。

 

景気悪化時に、ある事業場が閉鎖されても、
別の業務に移動させて対応することで解雇を避ける努力がなされてきたのです。

 

このように配転は、人材育成と、雇用維持手段という2つの意義があると考えられています。

 

しかし、どれほど意義のある仕組みであろうと、
法として許されるだけの根拠を備えていなければならないはずです。

 

この点について、学説は大きく二つありました。

 

ひとつは、労働者は労働の種類や場所を限定しないで入社する場合、配転についても何らかの合意をしていると考える説(包括的合意説)です。

 

もうひとつは、就業規則、労働協約を含む労働契約で合意した範囲で人事権の行使が認められると考える説(労働契約説)です。

 

ただし包括的合意説に立っても、個別の労働契約で勤務地限定の合意をすれば労働契約説と状況は変わらなくなりますし、
労働契約説に立っても、就業規則に包括的合意条項が入っていれば包括的合意説と変わりません。

 

そこでいつものように、具体的な問題解決の例(裁判例)を見てみましょう。

 

使用者の人事権の行使としての配転は、どのような状況下で認められるのか。
その判断につき、最も著名な裁判例が東亜ペイント事件(最二小判昭和61年7月14日)です。

 

まずは事実の概要です。

 

Xは昭和40年4月、塗料および化成品の製造・販売を業とし、全国15か所、従業員約800人擁する会社Yに入社しました。

 

Xの入社時の勤務地は大阪でしたが、その後昭和46年7月1日から神戸営業所に転勤しました。その際、Xは異議を述べませんでした。

 

Yは昭和48年9月28日、Xを広島営業所に配転させる旨を内示しましたが、Xは家庭の事情を理由に転居を伴う配転を拒否しました。

 

その後、Yは昭和48年10月30日付でXを神戸営業所から広島営業所へ転勤させる命令を出しましたが、Xはこれも拒否しました。

 

昭和49年1月22日、Yは就業規則の規定を理由にXの懲戒解雇を行いました。

 

なお、Yの就業規則13条には「業務上の都合により社員に異動を命ずることがある。この場合には正当な理由なしに拒むことは出来ない」、68条6項には「職務上の指示命令に不当に反抗し又は職場の秩序を紊したり、若しくは紊そうとしたとき」が解雇事由に当たるとの規定がありました。

 

Xは本件配転命令と懲戒解雇が無効であるとして、訴えを提起しました。

 

それでは裁判所の判断です。今回は1審(大阪地判昭和57年10月25日)から見てみましょう。

 

1審の大阪地裁は、就業規則の規定があることを根拠に挙げ、
「業務上の必要がある限り、従業員の承諾がなくても、これを一方的に転勤させることができるが、一方、従業員は、正当な理由があれば、右転勤を拒否することができるものというべき」と述べました。

 

そこで「正当な理由」の有無が検討されました。
具体的には、「業務の必要性」はあったのか、「Xの事情」はどのようなものであったかということについてです。

 

Y側(使用者)の事情とX側(労働者)の事情を見てみようということですね。

 

1審は、名古屋営業所に赴任する者が是が非でもXでなければならない理由がないこと、Xが名古屋営業所に赴任することになれば、Xの母親が高齢(71歳)であったこと、Xの妻が保育所に勤め始めたばかりであったこと、Xの子供がまだ小さい(2歳)ことなどを理由にXの主張を認めました。

 

その後、東亜ペイント事件の2審(大阪高判昭和59年8月21日)もXが勝訴しましたので、Yは上告しました。

 

いよいよ最高裁の判断です。

 

「Yの労働協約及び就業規則には、Yは業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現にYでは、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、Xは大学卒業資格の営業担当者としてYに入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては、Yは個別的同意なしにXの勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。」

 

まず前提として、使用者に配転(転勤)命令権があることを確認しています。
ここまでは1審、2審(下級審)と同じですね。

 

続けます。

 

「そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもない」。

 

これは重要です。
使用者の配転命令権といえども、権利濫用は許されないことが明らかになりました。

 

ここまで読んでくれているあなたなら、もはや当たり前だと思うかもしれません。

 

しかし「権利」という概念を正しく理解してもらうためには、
何度も何度も同じ主張をすることを厭わないのが私の信念です。

 

法律学とはバランスの学問です。(よく法律学は天秤にたとえられます。)

 

権利の力は無限ではありません。
権利にも限界があることは、常に意識する必要があるのです。

 

少し話が逸れました。
次が一番重要です。下級審との違いを感じてください。

 

「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

 

下級審が「正当な理由」として配転命令拒否の可否を判断しているのに対して、
最高裁は配転命令権が「権利の濫用」に当たるかどうかで判断していることがわかります。

 

この違いだけでも、配転命令権の「強さ」の違いが感じられます。
わかりますか?

 

「正当な理由」があれば配転命令の拒否ができると言えば、労働者側にも正当な理由を探し出す余地がありそうですが、権利濫用にあたらない限り配転命令が認められるとなれば、その余地がないかのような表現ですよね。

 

さらに上の引用文を整理して見ていきましょう。

 

まず、「権利の濫用」に当たる場合として、
「業務上の必要性が存しない場合」と、
「業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」の二つ挙げられています。

 

そして、「業務上の必要性」の判断において、「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でな」いと述べています。

 

誤解を恐れずに言えば、使用者が必要だと判断したのだからそれでいい、ということです。

 

つまり最高裁は、使用者の配転命令権を非常に広範に認めたのです。

 

最後に、東亜ペイント事件の結論がどうなったのか見てみましょう。

 

「本件についてこれをみるに、名古屋営業所の……後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要があったのであるから、主任待遇で営業に従事していたXを選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令には業務上の必要性が優に存したものということができる。そして、前記のXの家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤がXに与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。」

 

まとめます。

 

最高裁は、使用者の広範な配転命令権を認めました。

 

その配転命令権の行使が権利濫用とされるのは、
業務上の必要性の存しない場合、不当な動機・目的をもってなされた場合、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えた場合です。

 

以上が最高裁の判断基準です。

 

 

 

ここで、先ほどの事実を思い返してください。

 

Xの母親が高齢(71歳)であったこと、Xの妻が保育所に勤め始めたばかりであったこと、Xの子供がまだ小さい(2歳)ことなど「転勤に伴い通常甘受すべき程度のもの」なのです。

 

ここからは私見を入れさせてください。

 

わが国では、転勤が当たり前の社会として通用してきましたし、
裁判所もそれを追認した形でした。

 

背景には間違いなく、日本型雇用慣行がありました。

 

また、男性正社員モデルが中心であった時代には妻が夫と共に移り住めばよいと考えられていたことも、広範な配転命令権の承認を後押ししたのです。

 

しかし、労働環境は変化しています。

 

日本型雇用慣行は崩壊しつつあり、女性の雇用進出は進んでいます。
少子化(育児)問題や高齢化(介護)問題は、労働環境の変化と切っても切り離せません。

 

これらの問題に労使が協力して取り組まなければ、この国は手遅れになります。

 

本来、勤務地というのは非常に重要な労働条件のひとつです。

 

北海道で働いている人が「来週から沖縄で働いてね」で通用してしまう社会は、正直異常です。

 

法律は社会の実態に合わせて変化しますから、常に遅れて動きます。

 

ですから、労働法が実態に対応できていない現実を見る度に歯痒さを感じます。

 

しかしそれでも、法律の過去、現在を知ることはとても重要です。

 

何が問題なのか、それを明らかにすることだけでも十分に意味があるからです。

 

私ができることは、あなたに労働法の問題を認識してもらうことだけです。

 

ただ、あなたも労働法の担い手です。

 

ひとりでも多くの人に労働法の考え方が伝わることで、
よりよい労働環境が実現されることを願っています。