労働法の学習・勉強に

第11話 労働契約の内容(総論)―就業規則

 

今回はものすごく重要なテーマです。

 

しっかりと理解してくださいね。

 

労働法上、労働契約を構成しているものは四つあります。

 

一つ目は、当事者間でストレートに合意した内容を定めた「労働契約」です。
狭い意味での労働契約ということですので、混乱しないでくださいね。

 

二つ目は、事業場の労働者代表と使用者との間で定められる「労使協定」です。
時間外労働が許されるのは、労使協定のひとつである「三六協定」を締結しているからでした。

 

三つ目は、労働条件や服務規律などについて使用者が定める「就業規則」
そして四つ目は、労働組合と使用者の話合いで定められる「労働協約」です。

 

この四つが(広い意味での)「労働契約」を構成していることになります。
今回はそのうちの三つ目、「就業規則」についてお話しします。

 

 

 

就業規則って何のことだかわからない?

 

あなたが入社したとき、会社のルールブック的な冊子をもらいませんでしたか?
あるいは、社内規定としていつでも見られるあれのことです。

 

わが国の労働契約は、個別に交渉して詳細な内容が定められることがほとんどありません。

 

そのため、会社(正確には事業場)における労働者に共通のルールを定めておくことで、
その内容が個々の労働者との労働契約に反映されると考えるのです。

 

詳しく見てみましょう。

 

就業規則は、常時10人以上労働者を雇用する使用者が作成しなければならないものです。(労基法89条1号)

 

就業規則の作成や変更にあたって、使用者は労働者側(正確には、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者)の意見を聴かなければなりません。(労基法90条1項)

 

逆に考えると聴けばよいのですから、合意をとることや、協議する必要はないのです。

 

就業規則には何が書かれているのでしょう。
労基法は、必ず記載するべき事項(絶対的記載事項)と、記載しなくてもよいがそのことについて定める場合は記載しなければならない事項(相対的記載事項)を定めています。

 

具体的に見てみましょう。(労基法89条です。)

 

〈絶対的記載事項〉
・始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項(1号)
・賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項 (2号)
・退職に関する事項(解雇の事由を含む。)(3号)

 

〈相対的記載事項〉
・退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項(3号の2)
・臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項(4号)
・労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項(5号)
・安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項(6号)
職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項(7号)
災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項(8号)
・表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項(9号)
前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項(10号)

 

 

 

ここからは、就業規則の効力について見ていきましょう。

 

個別に定めた労働契約(狭義の労働契約)との関係はどうなるのでしょう。

 

使用者は就業規則によって、多くの労働者の労働条件などをまとめて定めることができます。

 

その特徴から、個々の労働契約に就業規則より低い労働条件があれば、それを就業規則のレベルに引き上げる効力をもっています。(労働契約法12条)

 

就業規則は、労働者の労働条件の多くを決めるのに非常に重要な役割を果たしています。
しかし、使用者が一方的に定めるので、どこかでバランスをとらなければいけません。

 

そこで労基法では、就業規則に優先するものを二つ挙げています。

 

就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。(労基法92条1項)

 

就業規則といえども、法令と労働契約には逆らえないということですね。

 

就業規則と労働協約との関係については、また「労働協約」の回でやります。

 

 

 

さて、ここまでは法律(労基法)を見れば書いてあることです。
さらに大事なのはここからです。

 

今まで問題なく運用されていた就業規則であっても、
時代の変化に対応するために、変更を余儀なくされるケースもあるでしょう。

 

そうしたときに、労働条件を引き上げるならば、問題にはなりません。
労働条件が良くなって怒る人はいないでしょう。

 

問題なのは、労働条件を引き下げざるを得ない場合です。

 

使用者によって就業規則が変更され、
労働者の労働条件が引き下げられることで労働者が不利益を被る場合、
トラブルになることは想像できることです。

 

就業規則を変更して、労働条件を引き下げることは可能でしょうか?

 

この問題の解決には、二つのステップを踏みます。

 

まず、先ほど確認した通り、就業規則は使用者が一方的に決めることができます。

 

使用者が一方的に決めた就業規則の内容が、個々の労働契約の内容になる。
すると、就業規則は一種の契約なのでしょうか?

 

でも待ってください。

 

「契約」というからには、双方の意思の合意が不可欠です。
しかし、就業規則の作成に労働者の合意は必要ないのです。
したがって、就業規則は契約とは違う何かなのか…。

 

これが一つ目の問題である、「就業規則の法的性質」です。

 

仮に就業規則が契約であれば、就業規則を不利益変更する場合、
労働者の合意が必要であるという結論になるでしょう。

 

仮に就業規則が契約でないならば、就業規則の不利益変更の場合でも、
労働者の合意は必要ないという結論になります。

 

しかし、まだ終わりではありません。
就業規則が契約であろうとなかろうと、そもそも就業規則の不利益変更は許されないという結論もあり得るからです。

 

これが二つ目の問題である、「就業規則の不利益変更の可否」です。

 

労働法学者は、この難問に対して熱く議論を重ねてきました。

 

特に一つ目の「就業規則の法的性質」については、
「四派十三流」と評されるほど多様な見解が示されたほどです。

 

しかし全部紹介するわけにいきません。
ここは異論を承知で簡単にまとめてしまいますと、
大きく分けて就業規則を一種の契約と捉える「契約説」と、
就業規則という形態が社会的に慣行として行われてきたことで一種の法規範として認められる(民法92条を参照)と考える「法規範説」に対立していました。

 

そうした状況の中、就業規則の不利益変更問題が裁判に持ち込まれ、
いよいよ最高裁が結論を出す(最高裁の気持ちからすると出さざるを得ない…)時がやってまいりました。

 

学者がああだこうだと言ってきた議論に、最高裁なら何と答えるのか。
関係者は固唾をのんで?見守ったのです。

 

その裁判例は、秋北バス事件(最大判昭和43年12月25日)といいます。

 

事件が起こった年代も頭に入れて聞いてください。

 

原告Xは昭和20年に被告Y会社に入社しました。

 

昭和30年、Yの就業規則にX入社時にはなかった定年の規定が入りました。
規定は満50才を定年とする内容でしたが、
主任以上の職にある者には適用されないとされており、
当時主任以上の職にあったXには適用されませんでした。

 

ところが昭和32年4月、Yは就業規則を再び変更し、
主任以上の職にある者でも満55才で定年とし、すでに達している者は退職とする旨の規定を設けました。
当時満55才を超えていたXは、この規定を理由に解雇されたのです。

 

Xは就業規則の変更に対して同意を与えた覚えはなく、上記の規定の効力は自分には及ばないと主張しました。

 

それでは裁判所の判断です。

 

まず裁判所は、「就業規則の法的性質」について言及します。

 

「元来、『労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである』(労働基準法2条1項)が、多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、統一的かつ画一的に決定され、労働者は、経営主体で定める契約内容の定型に従って、附随的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、この労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている(民法92条参照)ものということができる。」

 

「就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。」

 

どうでしょう?
ここまで見るに、法規範説に近い考え方を採っているみたいです。
この考え方ですと、労働者の同意がなくとも不利益変更ができるとの結論に至りそうです。

 

さあ、裁判所は「就業規則の不利益変更の可否」についてどのように述べたのか。引用します。

 

「おもうに、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかはない。そして、新たな停年制の採用のごときについても、それが労働者にとつて不利益な変更といえるかどうかは暫くおき、その理を異にするものではない。」

 

もう一度、最初の部分を読み直してください。
就業規則の不利益変更は、原則として許されないと述べているのです。

 

ただしその変更の内容が「合理的」なものであれば、
個々の労働者の同意がなくとも効力が生じる、と言っています。

 

どうやら最高裁は、「就業規則の法的性質」の問題をそこそこにしたまま、
「就業規則の不利益変更の可否」に取り組んだようです。

 

実に見事ですね。

 

学者と違い、裁判所の仕事は法律論をこねくり回すことではありません。
裁判所に持ち込まれた紛争にけりをつけ、解決することが使命なのです。

 

学者が役に立たないと言いたいのではありません。
学者は、具体的な紛争から距離を置いて、
より精緻な論理を組み立てることを使命としています。

 

裁判所が学者の論理を利用し、学者が裁判所の判断に批判を加える。
仕事の違い、役割の違いに過ぎないのです。

 

ちなみに秋北バス事件の結果ですが、この事件を提起したXさんは敗訴しました。
そもそも定年がなかったこと自体が、今の世代の者にとっては驚きですが、
当時の時代背景を合わせて考えるとこの変更も「合理的」だったのでしょう。

 

 

 

こうして出された秋北バス事件の法律構成は、当然ながら多くの議論を呼びました。
(学者の中には「なんだこれは!」と怒る人もいたかもしれません。)

 

しかし秋北バス事件判決以降の裁判例においても、就業規則の不利益変更が合理的であれば労働者の同意なしに効力が生じるという裁判所のルールが用いられ続けました。

 

今では、2008年制定の「労働契約法」に取り込まれています。
裁判所による事実上の立法ですね。

 

一応、条文だけ確認しておきましょう。

 

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。(労働契約法9条)

 

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。(労働契約法10条)

 

 

 

今回は、労働法の花形テーマともいえる就業規則を扱いました。

 

前半は条文(労基法)に書かれていたこと、後半は条文(労基法)に書かれていなかったことについての話でしたね。

 

今回学んでみて理解してきているかもしれませんが、
労働者と使用者で決めるルール(たとえば就業規則)も、裁判所の考えるルール(たとえば判決理由)も、国家が定めるルール(たとえば労基法や労働契約法)も、すべて労働法であるということです。

 

多くの人はこのうち、国家が定める法令としての労働法しか知りません。

 

労働法を運用しているのは国に限らないのです。

 

私たちも労働法の担い手であることを忘れないでください。