労働法の学習・勉強に

第10話 労働契約の生成―採用内定・試用期間

 

今回からは「労働契約」に焦点を当てて説明していきます。

 

少し抽象的な話から始めます。

 

近代市民法における契約というのは、自由で対等な当事者を前提とし、互いにその内容で合意することによって効力が生じるものでした。

 

しかし資本主義社会の発展の中で、
必ずしも対等とはいえない当事者間の存在が認識されるようになり、(『女工哀史』、『蟹工船』はその立場の違いが認識され始めた時代の告発本ですね。)
その立場の違いを是正する必要があることが理解されてきました。

 

そうした理解を前提としているため、わが国においても「労働契約」は民法上の「雇用契約」とは異なり、労働法特有の修正が必要であると考えられています。

 

さらにわが国の労働契約は、わが国特有の勤労モデルというべき、「日本型雇用慣行」の影響を強く受けて発展してきました。

 

「日本型雇用慣行」とは、「新卒者一括採用」「年功序列型賃金」「終身雇用」を代表とするわが国特有の雇用慣行をいいます。

 

これらはあくまでも慣行であり、戦後に形成されたものです。
ですから、戦後すぐに制定された労基法が、この慣行を想定していたはずがありません。
そこで労働契約の解釈にあたり、日本型雇用慣行を取り込んできたのは、集積された裁判例でした。

 

労働法特有の修正の必要と日本型雇用慣行への対応。
わが国の労働契約は、この二つを前提に理解されてきたのです。

 

ここまでは、現在までのお話でした。
これからに向けて、少し言及しておきましょう。

 

あなたもご存知の通り、「日本型雇用慣行」は今、過去のものとなりつつあります。

 

新卒採用といっても、新卒者の定義が広がってきました。
年功賃金は、成果賃金の導入や、仕事の結果を重視する傾向によって、絶対的なものではなくなっています。
終身雇用は、長い不景気の間に幻想となってきました。

 

時代の変化とともに、「労働契約」のあり方も変容していきます。

 

ただし「労働契約」がどのように変化していくのか考える際に、
現在までどのように考えられてきたのか理解しておくことは必至です。

 

法律の解釈は、常に過去の流れを踏まえたうえで、少しずつ変化しているからです。

 

それでは、いよいよ本題に入りましょう。

 

 

 

労働契約も「契約」ですから、いくら民法上の契約の修正版であるといっても、
締結当事者の意思が必要であるのはいうまでもありません。

 

したがって、契約した覚えもない労働者を使用者が雇わされることは不当ですし、
労働者にしても同様です。

 

企業には原則的に人を雇い入れる自由(採用の自由)があることが、裁判例でも確認されています。(三菱樹脂事件・最大判昭和48年12月12日)

 

はっきりさせるべき点は、労働法の修正が効いてくるのはどの段階からか、ということでしょう。

 

@採用内定

 

わが国の雇用慣行では新卒一括採用が行われてきたため、実際に職務に就く前に労働者を囲い込む目的で、「採用内定」が出されるのが一般的です。

 

私の知る就活者の典型的なパターンでは、次の通りです。

 

数度の面接ののち、電話で内定が決まったとの通知を受けます。
その後の内定式で内定通知書を渡され、後日返送。
さらにその間に会社とのやりとりがあったりなかったりしますが、
無事卒業を決めると、晴れて4月1日の入社式を経て会社員となります。

 

さあ、どの時点が「労働契約の締結」でしょう。

 

ごくごく簡単な例ですが、
じつは労働契約は、コンビニでお茶とおにぎりを買う契約などと違い、
「この瞬間が契約の締結だ」という判断が容易でないことがわかります。

 

先ほどの話を思い出してください。
わが国の雇用慣行では、まだ能力も経験も乏しい「新卒」を採るのが一般的です。

 

そして「終身雇用」を前提としているとなると、
労働者にも使用者にも、
十分な判断の下で契約の締結がしたい、という気持ちがあると考えるのが自然でしょう。

 

したがって労働契約の成立時期は、全体の流れを総合的に見て、事例ごとに判断するしかないというのが正直なところです。

 

しかし実態としての感覚では、「採用内定」が出れば、この時点で決まったと思いますよね。

 

 

 

では、この「採用内定」が契約締結の瞬間なのでしょうか。

 

でもちょっと待ってください。

 

労働契約とは、労働者が労務を提供し、使用者がそれに対する報酬として賃金を支払うことで効力が生じるのです。(民法623条を確認してください。)

 

採用内定から入社までの間、労働者は労務を提供しないではありませんか。
この期間、労働契約が存在すると言ってしまえるのでしょうか。

 

この点につき現在の判例となっているのは、大日本印刷事件(最二小判昭和54年7月20日)です。

 

この事件を簡単に紹介しましょう。

 

原告は、就職活動をしていた大学生です。

 

原告は昭和44年7月に内定通知を受けたため、その時点で他社の応募をやめ、
被告会社に対して誓約書を送付しました。

 

ところが、翌年2月になって突然内定が取消されたため、
原告はどこにも就職ができないまま卒業を迎えることになってしまいました。

 

被告会社は内定を取り消した理由について、訴訟になった段階で、
原告からグルーミー(陰鬱・陰気)な印象をうけたからと述べました。

 

この事件は昭和44年の話ですが、内定が決まった段階で他社の応募をやめるという慣行は今でも同じです。

 

裁判所はどのように判断したでしょう?
引用しましょう。

 

「大学新規卒業予定者で、いったん特定企業との間に採用内定の関係に入った者は、……卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入った者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。」

 

解説しましょう。
要するに、採用内定が出された者も企業との間に労働契約があるとされたのです。

 

「グルーミーな印象であることは当初からわかっていたことであるから、上告人(筆者注:被告会社)としてはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す材料が出なかったので内定を取り消すということは」できない。

 

労働法が慣行を取り入れていることがわかる顕著な例でしょう。
「法律も案外柔軟なんだな」と思いませんか?

 

労働法は、近代市民法(民法)では対応しきれない綻びを修正する社会法に位置づけられている法律です。

 

論理(契約の原則から考えれば入社式から)よりも結論(採用内定によって就職が決まったと考える者の保護)が先に出ているといったこともあるのです。

 

A試用期間

 

ところで、大日本印刷事件の判決をもう一度見てください。

 

採用内定者は労働契約関係に入った者とされたことは先ほど述べた通りですが、
さらに、試用期間中の地位と同じであるとも述べられています。

 

試用期間の説明がなければ、まだ今回は終われませんね。

 

試用期間とは、長期雇用を前提とする雇用慣行の特質上、
労働者の資質、職務能力、性格等を判断するために置かれた一定の期間のことです。

 

正社員にとって、最初の3か月や6か月の間は試用期間であることが多いのですが、
実際は意識しないままその期間が過ぎていた、なんてこともあるでしょう。

 

ここで、「試用期間」というのですから、「試用」してみて使えない労働者であることが判明したら解雇できるのか、という問題が出てきます。

 

試用期間は普通の労働契約とは違うのでしょうか。

 

 

 

この点につき、裁判所は使用者に解雇権が留保された労働契約であると述べています。
前出の三菱樹脂事件を見てみましょう。引用します。

 

「解雇権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他……管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解される」。

 

「留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。」

 

要するに、試用期間中の解雇は、通常の労働契約における解雇よりも広く認められるのだと述べています。

 

それでは試用期間中は、びくびくして過ごさなければならないのでしょうか。
慌てないでください。続きを引用します。

 

「雇傭契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考え、かつまた、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、いつたん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇傭関係に入った者は、本採用、すなわち当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下に、他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることに思いを致すときは、前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。」

 

いくら使用者が解約権を留保しているからとはいえ、あっさり行使することはできないと述べています。

 

すなわち、「客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」のです。

 

しかしこれではイメージがわかないですね。

 

例をあげましょう。あなたも考えてみてください。

 

@学生時代、学生運動に力を入れていたが、それを隠して正社員として入社。
試用期間中に発覚したため、学生運動に携わっていたことを理由に解雇。

 

A学生時代、サークル代表を務めていたため、リーダーの素質があると見込んで正社員採用。しかし、試用期間中に全く見当違いであることが発覚。
能力不足を理由に解雇。

 

B学生時代、ホステスのアルバイトをしていたが、それを隠して正社員として入社。
試用期間中に発覚したため、会社の品位を保つことを理由に解雇。

 

ヒントです。

 

@はまさに三菱樹脂事件のことです。当時の社会通念を考えると、解雇でも妥当であったのかもしれませんね。(実際は和解して職場復帰しました。)

 

Aは、そんなことで能力不足とされてはたまったものではありません。
正社員として採用されている以上、余程のミスを多発していない限り解雇はできないと考えてよいでしょう。今後の成長を見越して採用しているのですからね。

 

以上を踏まえて、Bを考えてみてください。

 

 

 

今回は労働契約とは何か、という根本的なテーマから入りました。
労働法特有の修正が加えられる点は、しっかり確認してくださいね。

 

もうひとつは、日本型雇用慣行に対応してきた点でした。
採用内定、試用期間はともに、正社員を対象とした考え方です。

 

ですから、この先もこうした考え方が続いていくとは限りません。
現に、「非正規」と呼ばれる労働者には、
今回の考え方が全く当てはまらないことがわかります。

 

時の流れとともに、働き方は変化します。
私は労働法を教える者として、
時代遅れの議論はしないよう心がけていたいと考えています。

 

どこかでかならず、労働法の現代的課題についても取り上げていきたいと思います。