労働法の学習・勉強に

労働法とジェンダー

 

2014年6月24日、わが国の政策を方向付ける成長戦略である「日本再興戦略」が改定されました。
なかでも成長戦略のひとつ、「女性の活躍推進」が掲げられている点が注目されます。

 

女性の活躍推進が取り上げられていることは評価できますが、
これからどのように具体的な政策が展開されるのかわかりませんので予断は許しません。

 

今でこそ「女性」に視点を当てた政策や議論が行われるようになっていますが、
すべては1960年代後半から1970年代にかけて起こったフェミニズム運動に端を発します。

 

フェミニズム運動は、生物学的な違いに基づく性(セックス)とは区別された「ジェンダー」という概念を生み出しました。

 

ジェンダーとは社会的、文化的、人為的につくられた性のことで、
生物学的な違いとは関係のない差別に光を当てるために役立つ用語となったのです。

 

わが国では戦後、男性稼ぎ手モデルが成立し、「男性は仕事、女性は家庭」という性別役割分業が定着していました。

 

女性の就労は結婚、出産、子育てによって中断または終了することが多く、
女性の年齢階級別労働力率をグラフ化すると「M字型カーブ」を描くことや、
復職後は家計の補助労働として非正規労働者として就労することが多いことが知られています。

 

ジェンダーの視点を通すことで、これらの現象が単なる生物学的な違いに基づく差ではないことが明らかになったのです。

 

労働法においてもジェンダーの視点を入れることは有用です。
これまで当たり前とされていたものが実は隠された差別のようになってしまっていないか、
冷静かつ客観的に見極める必要があります。

 

そこで今回は、労働法とジェンダーというテーマで検討してみましょう。

 

@労基法とジェンダー

 

戦後に制定された労働基準法は、男性と女性の労働条件に差別を設けることを当然の前提としていました。
次の二つの条文をご覧ください。

 

使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。(労基法3条)
使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。 (労基法4条)

 

以上の二つの条文からわかることは、使用者は「賃金について」差別をしてはいけないのであって、
それ以外の労働条件については何も述べていないということです。

 

わざわざ3条の列挙事項から「性別」を外し、別に4条を設けたことには始めから狙いがあったといえるでしょう。
(法の下の平等を定めた憲法14条には「性別」が含まれていることからもお察しください。)

 

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。(憲法14条)

 

それでは、どのような差異が認められていたのでしょうか?

 

実は労基法制定時は女性労働に関する「保護」規定が多く、
男性と同じように働かせてはいけないとの考え方が根強かったのです。

 

ここにざっと労基法制定時の保護規定の例を挙げてみましょう。

 

・時間外労働
1日2時間1週6時間1年150時間以内(すべての女性)、ただし農林水産業のみ規制なし。
・休日労働
禁止。(すべての女性)ただし農林水産業のみ規制なし。
・深夜業
原則禁止だが一部例外あり。
・坑内労働
禁止。(すべての女性)
・妊産婦等の危険有害業務の就業制限
禁止。(すべての女性)
・産前産後休業
産前産後休業各6週間、妊娠中の女性が請求することによる軽易業務への転換
・妊産婦の時間外労働等の就業制限
規定なし
・育児時間
生後1年まで1日2回各々30分

・生理日の就業
生理日の就業が著しく困難な女性及び整理に有害な業務に従事する女性の請求による就業の禁止。

 

どうでしょうか。
随分と「保護」されているんだな、と思われるでしょう。

 

男性と女性との区別がセックスによって規定されていた当時は、
こうした区別が自然なものとされていました。

 

ところが「ジェンダー」の視点が加えられるようになると、
認められる区別の仕方にも変化が見られるようになります。

 

すなわち、妊娠・出産による区別は生物学的な性差に基づくものであり許されるが、
一般的に「女性」であるただそれだけで区別することには慎重にならなければならない(もしくは区別してはならない)と考えるのです。

 

前者の区別による保護を「母性保護」、後者の区別による保護を「一般女性保護」と呼んで分けて考える見解が登場しました。

 

もう一度、上記の保護規定を見てください。
「一般女性保護」に基づいた規定が設けられていたことがわかりますね。

 

そのような中、1986年に「男女雇用機会均等法」という画期的な法律が施行されます。
均等法以後、本当に少しずつですが、「一般女性保護」から「母性保護」に基づく規制にシフトしていきました。

 

現在の状況を見てみましょう。

 

・時間外労働
規制廃止。(1999年4月1日以降)
・休日労働
規制廃止。(1999年4月1日以降)
・深夜業
規制廃止。(1999年4月1日以降)
・坑内労働
禁止される例外あり(労基法64条の2)
・妊産婦等の危険有害業務の就業制限
妊産婦の妊娠、出産、哺育等に有害な業務、女性の妊娠又は出産に係る機能に有害である業務への就業禁止(労基法64条の3)
・産前産後休業
産前休業6週間、産後休業8週間(原則)、妊娠中の女性が請求することによる軽易業務への転換(労基法65条)
・妊産婦の時間外労働等の就業制限
妊産婦が請求すれば時間外労働、休日労働、深夜業の就業等が制限される(労基法66条)
・育児時間
生後1年まで1日2回各々30分(労基法67条)

・生理日の就業
生理日の就業が困難な女性の請求による就業の禁止。(68条)

 

「母性保護」が残され、「一般女性保護」が消えているのがわかります。

 

ただし、何が「母性保護」で何が「一般女性保護」なのか区別が難しい場合もあります。

 

例えば「育児時間」の取得は女性のみに認められていますが、
これが果たして「母性保護」からくるのかというのは甚だ疑問です。

 

だからといって、女性だけに与えるのは不平等だからこの制度自体やめようという話になっては困ります。
男性に対しても、「育児時間」の取得が認められるよう直ちに改正すべきでしょう。

 

まだまだ改善の余地が残されていますが、ジェンダーの視点が加えられたからこその変化も見られます。
労働法の中核を担う労基法ですから、これからも進歩的な改正が期待されます。

 

A裁判例とジェンダー

 

性別による格差は様々な形で表れます。
今回はふたつのパターンを紹介しましょう。

 

<男女同一賃金問題>

 

前述の通り、賃金については差別的取扱いをしてはならないとされています。(労基法4条)
それでは実際に差別的取扱いがなされていた場合、裁判上どのように解決されてきたのでしょうか?

 

性別による賃金差別があったとして初めて賃金の差額支払いが認められたのが、秋田相互銀行事件(昭和50年4月10日)でした。

 

この事件では、男女別の基本給の賃金表が用いられ、その内容が女性に不利につくられていたところ、
裁判所は差別的取扱いがあったと推認したうえで被告(会社側)にその反証をさせました。

 

しかし反証が成功しなかったために、労基法4条違反が認められたということです。

 

この事件はある意味「わかりやすい」事件でしたが、
次の事件(岩手銀行事件・仙台高判平成4年1月10日)ではどうでしょう。こちらは詳しく見てみましょう。

 

原告XはY銀行の女子行員でした。

 

Yの給与規程36条1項には、「扶養親族を有する世帯主たる行員に対しては……家族手当を支給する」、
同条2項には「前項の世帯主たる行員とは、自己の収入をもつて、一家の生計を維持する者をいい、
その配偶者が所得税法に規定されている扶養控除対象限度額を超える所得を有する場合は、夫たる行員とする。」
と規定されていました。

 

さらに同規程39条の2には「配偶者もしくは子を扶養して世帯を構成している行員に対し、……世帯手当を支給する。」と規定されており、
その支給要件は家族手当同様でした。

 

Xは夫A、長女B、実父C、実母Dと暮らしており、Aの収入が低かったため、
XがBを自らの所得税法上の扶養親族として届け出て、Yから家族手当と世帯手当の支給を受けていました。

 

その後Aが選挙で当選し、扶養控除対象限度額を超える議員報酬を受け取るようになったため、
YはXに対する家族手当と世帯手当の支給を打ち切りました。

 

そこでXは、Yの給与規程36条2項後段が女子であることのみを理由とする差別的取扱いであるとして、
憲法14条、民法90条、労基法4条・92条の違反に基づいて、未支給の賃金支払いを求めたのです。

 

 

 

この事件のポイントは、手当は賃金か、ということ。

 

賃金とは労務の対価ですから、果たして手当は賃金か?という疑問が生じてきます。

 

しかし労務提供と直接の関係がない家族手当等であっても、賃金規定等で支給要件が明確に規定されている場合は、
使用者が支払いを約束していることになるのだからこれも賃金である、との見解が通説でした。

 

そして本事件判決も同様の見解を示します。

 

「本件手当等が配偶者や子など扶養親族を有する世帯主たる行員に限られ支給されるものであること及び……家族手当等の果している社会経済における一般的役割に徴すると、本件手当等が行員の具体的労働に対する対価(報酬)という性格を離れ、控訴人銀行の行員に対する生活扶助給付、生計補助給付であるという経済的性格をもつものであることは明らかである。しかしながら、これら手当等は、支給条件、基準等についてYの裁量に任せられているものではなく、就業規則(給与規程)により規程され、労働協約によって決められていて、控訴人銀行は、これら規定により所定の要件を具備する者に対しては法的に一律の支払義務を負担し、一方該当行員はこれら手当等の受給権(支払請求権)を取得すると解することができる。このことからすると、本件手当等は労基法11条にいう『労働の対償』に当たる賃金であると認めるを相当とする。」

 

こうなると、やはり労基法4条違反になる流れができあがりますね。

 

「Yは本件規程36条2項本文後段を根拠にして、男子行員に対しては、妻に収入(所得税法上の扶養控除対象限度額を超える所得)があっても、本件手当等を支給してきたが、被控訴人のような共働きの女子行員に対しては、生計維持者であるかどうかにかかわらず、実際に子を扶養するなどしていても夫に収入(右限度額を超える所得)があると本件手当等の支給をしていないというのだから、このような取扱いは男女の性別のみによる賃金の差別扱いであると認めざるを得ない。」

 

賃金格差の問題は、裁判での立証が非常に難しいとされています。
本当にその「差」が「差別」に基づくものなのか、それとも「能力」に基づく合理的なものなのか。

 

職務と賃金額が一致しない職能給が採られていたことも、立証を難しくしていたのだと思われます。

 

男女同一賃金問題は、これからも注意深く見守る必要があるでしょう。

 

<出産休暇及び育児時短の欠勤と賞与>

 

次に、労働法上認められた休暇の取得や権利の行使と賞与支給要件の関係です。

 

例えば、賞与支給要件に@出勤率90%以上A産休日や短縮時間分は欠勤日数にカウントするとあった場合、
「法律上認められた権利を行使しただけなのに『欠勤扱い』になるのはおかしい!」と主張する人が出てくるでしょう。

 

他方で、「そうはいっても、働いてもいないのに『出勤扱い』にするのも…」という意見だってもっともなはずです。

 

裁判所はどのように処理したのでしょうか?

 

まさに上記の支給要件を定め、産休・時短制度を利用したがために賞与の支払いを受けられなかった事件として、
東朋学園事件(最一小判平成15年12月4日)が著名です。

 

いきなり判決文を引用します。

 

法は産休日や短縮した時間分を有給にすることまで求めていないから、「労使間に特段の合意がない限り、その不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは原則として労使間の合意にゆだねられているというべきである。」
「従業員の出勤率の低下防止等の観点から、出勤率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする措置ないし制度を設けることは、一応の経済的合理性を有するもの」の、「本件90%条項は、労働基準法65条で認められた産前産後休業を取る権利及び育児休業法10条を受けて育児休職規程で定められた勤務時間の短縮措置を請求し得る法的利益に基づく不就労を含めて出勤率を算定するものであ」って、「上述のような労働基準法65条及び育児休業法10条の趣旨に照らすと、これにより上記権利等の行使を抑制し、ひいては労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合に限り、公序に反するものとして無効となると解するのが相当である」

 

要約すると、賞与支給要件が労働法上認められた「権利等の行使を抑制し」、「権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合に限り、公序に反する」ということです。

 

産休日を出勤日にカウントしろとも欠勤扱いしろとも言わず、上のような結論に落ち着かせた裁判所のバランス感覚はさすがです。

 

この事件では、普通に産休・時短制度を利用しただけで、年間総収入額の約3割を占めていた賞与がすべてもらえなくなった点が上記の判断につながったという背景がありました。

 

結局、休暇の性質とそれに伴う賃金の減額の大きさや性質を考慮して判断するしかありませんが、
産休は女性のみが取得することになりますから、その分賞与を減額するにしても慎重に考えないといけないということでしょう。

 

 

 

今回はジェンダーと労働法というテーマで断片的に取り上げてみました。

 

ちなみに、このテーマを本気で取り組もうと考えると、
労働法全体をもう一度洗いなおすくらいの覚悟が必要であることはここに記しておかなければなりません。

 

それくらい深く、広いテーマです。

 

中途半端に扱うくらいなら書かない方が良いのではないかとも思いましたが、
このサイトが興味の発端になればそれで良いと考えました。

 

完全なるジェンダーフリーを目指して、一人でも多くの人に考えてもらえたら幸いです。